「家紋の由来」
今日は、沖縄ツアーで人気のある謝名利山に伝わる、三つ巴御紋の由来についての話です。
謝名利山(鄭廻)の処刑は、慶長16(1611)年9月19日申の刻。
鹿児島の刑場は黒山の人だかりでした。
彼は琉球、三司官(三大臣)の一人で、タカ派として知られ、極刑に附されるとの噂も亦薩摩に拡まっていました。
その彼は検使役、相良日向守を尻目に、降伏文書の捺印を、断乎ことわりました。
彼は身の丈六尺、赤銅色の威丈夫で、白衣に荒縄を掛けられ、相良の読み上げる最後のいい渡しを、春風駝蕩ときき流しました。
一方では釜蓋が外され、立ち昇る湯気の中で熱湯が煮えたっています。
竈では薪がカッカと燃えています。
属僚の二人が謝名に近づき、両脇に腕を差し入れ、ひっ立てると見えましたが、その時早く、謝名は縄を千切り、沖縄民衆の怨念が結集された尚王家の三つ巴紋飛鳥の早業で属僚をひっ抱え、熱湯に身を躍らせました。
するとどうでしょう。
男三人の小さな髭をつけた頭が、熱湯の中で三つ巴になって左へ回転しました。
この昔話は尚王家「家紋の由来」として、沖縄に広く伝わっているものです。